Personal


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佐藤修 落葉松林(からまつばやし)
佐藤修


誕生日
昭和34年5月20日。
世界の王さんと同じ。
出身地
札幌市東区。小学校の帰りは伏古川の堤防でスキーをしました。札幌小学校卒。中央大学出身。
血液型
O型
担当番組
スポーツ実況
趣味
園芸(バラ、パンジーを種から育てること)
料理(気分転換程度です)


今、興味のあること
いかにパスワードを忘れないか。ジョギングで出会う白い柴犬が全然慣れてくれない。

得意ジャンル
陸上かな。
      
好きなタレント、芸能人
広瀬すず。石田ゆり子
  
私の好きな・・・
ワインは赤 
お気に入りの場所
出勤途中、雪の奥羽山脈が一瞬見えるあの橋の上

私のよく行くお店
ホームセンター、ガーデンガーデン、ザガーデン
私ってこんな人です
動物に例えればハムスター。

『さようなら星野さん』
2018/01/09

星野仙一さんが亡くなった。
2016年秋、画面越しに見る星野さんは顎のあたりの肉が落ちていて心配していたが、その年の夏には病魔に侵されていたという。訃報を耳にした時、まさかと思ったが、あの時の危惧が当たってしまった。
イーグルスが優勝した2013年、TBCは試合後の星野監督へのインタビューを担当する幹事社だった。監督へ失礼があってはいけないと、開幕当初は私が主に務めた。
インタビューをしながら気づいたことがあった。
「星野さんは、闘将を演じている」。
画面ではいつも語気荒く引き上げる姿が映し出されていたが、それは計算の上だった。
会見始めは試合の分析、勝負を分けたポイント、この日の殊勲選手など、冷静に客観的に語ってくれた。そして監督は「そろそろ、終えてもいいだろう」という雰囲気を醸し出してくる。そこで私はあえて、最後に楽観的なコメントを監督にぶつける。そうすると星野さんは言下に否定し語気荒く会見を締めて引き上げる。いつの間にかそんなシナリオが監督と私の間で出来上がった。必然的に放送で使われるのは最後の怒るコメントが多くなる。こうして監督は闘将星野を演じていたように思う。
久米島キャンプでは早朝取材で訪れる記者を毎朝、コーヒーをふるまってくれて「お茶会」を開いてくれた。学生時代の島岡御大の思い出話、プロアマの垣根を取り払いたいという熱い思い、現役選手への期待、記者への逆取材。1時間余りの時間があっという間だった。そういう時の星野さんの顔は本当に穏やかだった。
「ちょっと来い」と顎を引くように呼ばれベンチ裏の衝立の陰でこっそり秘密を漏らしてくれたこともあった。
知名度が上がるにつれ、中央の局や新聞社へ目が向いてしまう選手が多い中、ローカルを大事にしてくれたのも星野さんだった。
2013年の優勝目前の前夜、球団関係者から
「優勝会見の質問者は佐藤さんでと監督が言っています」と言われた。晴れの舞台、ローカル局の人間にも花を持たせようという星野さん独特の気配りだったのだと思う。
星野さんとの会見での一問一答は、失敗が許されない勝負だった。どこを切り取っても男星野を誤解なく伝えることでこちらも必死だった。でも楽しい一瞬一瞬だった。
今年2018年は当社が、それ以来の幹事社だった。密かに優勝会見は私がと考えていたが叶わぬ夢となってしまった。
色紙に必ずしたためる「夢」の文字を抱きしめたまま、星野さんは旅立って行かれたのだろう。安らかにお眠りください。ありがとうございました。

   


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