Personal


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佐藤修 落葉松林(からまつばやし)
佐藤修


誕生日
昭和34年5月20日。
世界の王さんと同じ。
出身地
札幌市東区。小学校の帰りは伏古川の堤防でスキーをしました。札幌小学校卒。中央大学出身。
血液型
O型
担当番組
スポーツ実況
趣味
園芸(バラ、パンジーを種から育てること)
料理(気分転換程度です)


今、興味のあること
蚊に刺されずに庭に水をやる方法。ジョギングで出会う白い柴犬が全然慣れてくれない。

得意ジャンル
陸上かな。
      
好きなタレント、芸能人
広瀬すず。川口春奈。
  
私の好きな・・・
ワインは赤
お気に入りの場所
出勤途中、雪の奥羽山脈が一瞬見えるあの橋の上

私のよく行くお店
ホームセンター、ガーデンガーデン、ザガーデン
私ってこんな人です
動物に例えればハムスター。

『札幌黄』
2017/12/06

札幌黄=さっぽろきい。玉ねぎのブランドなんだそうだ。
先日、俳優の大泉洋さんがテレビでPRしていた。
生家の周りにあふれていた
                 あの玉ねぎがブランドとは。

札幌市東区の苗穂や伏古、丘珠地区は
                      一面玉ねぎ畑だった。
私が記憶している玉ねぎ畑の景色は、
春には、地面にはいつくばうようにして苗を植え、
夏を過ぎて青々と茂っていた葉が、
     ウサギの耳のようにその先をたたみ枯れ始め、
                 茶に色付き畑と同じ色になる。
仕上げは、はさみで葉の部分を切り取り
               手作業で畑にまとめて行く。
細い竹で編んだ大きな箱に入れて
           乾燥させる頃には雪虫が飛び始める。
通学の景色は玉ねぎと共にあった。

入社当時、園芸好きの先輩が、
冬に玉ねぎを収穫したという話を聞き
「冬に玉ねぎなんか採れるはずない」と
             反論したくらいだ。汗顔ものだが。

小学校に図工の時間、年に一度写生会があった。
低学年では近所の雪印乳業へ行き、
             サイロか乳牛タンクを描いた。
                ご褒美に牛乳をもらった。
中学年ではコンクリート工場。
(今はショッピングセンターになったが)
教室を飛び出して行く遠足気分が楽しみだった。
そして高学年。
「はい、体育館の裏の玉ねぎ畑に行きまーす」
          先生の声に落胆したことを思い出す。

甘味豊富な札幌黄の栽培は
              明治13年にさかのぼるらしい。
試行錯誤の末この土地が有数の産地になったという。
第二次大戦前には
     ロシアやフィリピンなどへも輸出していたという。
そういえば丘珠空港近くでは、その昔
     戦闘機が隠されたであろう格納庫が
        玉ねぎ畑の中にぽつんと取り残されていた。
私が唯一記憶している戦争の生々しい景色だ。

200万人都市に成長する札幌の姿を、明治から
         札幌黄は見つめていたのかもしれない。

厳寒の冬には、
        猛吹雪が真っ白い畑の上を通り過ぎる。
東区の吹雪は目も開けられないほど強烈だ。
バスが止まり学校に泊まった級友もいた。

畑はひたすら春を待つ。

雪が解け、肥料の臭いと共に春が来る。

その大地と共に甘味を醸す作業が始まる。





   


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